※読む前に※
 この作品は、サークルの勉強会のために小説『くくり絵』の余話という設定で書いたコピー作品(文章の練習のために既存の作家の技法、文章の癖などを真似て書いたもの)を、再び本来の自分の文体に修正したものです。少し繋がりがありますので読まれる際は先に本編をお読み下さいませ。
 (文章練習のために書いたものなので、しっかりしたストーリーはなく非常に短いです。『くくり絵』の人物が登場する話、というリクエストを頂きましたので掲載してみました。リクエストの作品はまた別にきちんと一本書かせて頂きます)
くくり余話


「もし、旦那。ちょいとお尋ねしてもようござんすか」
 不意に背にかかった声に聡五郎は歩みをとめた。振り向くと、三歩ほどの間を置いて若い男が一人、真っ直ぐに立ってこちらを見ていた。
 細い体躯に薄染めの単衣袴をつけ、背には四角に編まれたつづらを負っている。目の吊り上がった愛想のいい狐面は確かに初めて見る顔で、いささか軽装には過ぎるが、旅流れの商人と見てまず誤りはないだろう。
「何用だ?」
 短い返事の声音にこそ表れなかったが、内心に意外を覚えていた。とても上等とは言えぬ着物姿は名のある位のものとはまず映らぬにしろ、それでも腰に手挟む両刀が消えて見えなくなるということはない。町外れの道上、一介の行商人が武士を呼び止めものを尋ねるなど、よほどの度胸者か、よほどの命知らずかの行である。
 へェ、失礼いたしやす。狐面の男はひょこりと腰を折り、
「旦那、あの道具屋を眺めておいででしたようですが」
 身を低めたままそう言って、道ひとつ向こうに立つ小さな店を指差した。聡五郎は頷き、言葉を返す。
「まあ、前に立っていれば自然に目に入る」
「左様で」
「それがどうか、したか」
 問いを促すと、男はへェ、と言って道具屋に視線を向け、
「今、ご隠居が中から出ていらっしゃいましたなァ」
 そう言った。
「そのようだな」
「ご存知の方で?」
 男の問いにつられるように、聡五郎も道具屋に向き直った。古びたあばら家の前にもう姿はないが、前を過ぎた人物は確かに聡五郎の知った顔であった。大場左兵衛という名の老爺(ろうや)で、この辺りでは知らぬ者のない呉服の大店(おおだな)、「大場屋」の前の主人である。商いの敏腕で名を馳せていたが、今は店を養子に譲り、悠々の隠居暮らしをしているという。町の剣術道場に身を置く聡五郎も、まだ左兵衛が店にいる折に幾度か言葉を交わしたことがあった。物腰の柔らかい、温和な老人であったが、それと同時に、やはりあれほどの店を取り回す商い人か、世事を知り尽くしているような抜け目ない印象も受けた。
 暮らし向きの差もあり、隠居してのちその姿を見ずにいたが、前方の道具屋から出てきた老爺の姿を聡五郎はすぐにその左兵衛と見とめた。上等の身なりをした隠居が、それに似合わぬ古びて汚れた巻紙のような物を腕に抱えているのを鋭い聡五郎の目は捉え、掛け軸か何かか、とぼやり思っているところへ、男が背から呼びかけてきたというわけである。
「知っている」
 短く答える。すると狐目の男はさらに重ね、
「お名前を、お教え頂けませんかねェ」
 そう問うた。
「聞いてどうする」
「いえねェ、商いをしようと思いまして」
「巡り商いに名がいるのか?」
「へェ、ちょいと、思うところがありますんでさァ」
「商人の業か」
 茶化すように聡五郎が言うと、
「え、まァ、そんなところでございやす」
 にと笑って目尻が上がり、ますます狐じみた顔になる。見目は若いが、いっぱしの世慣れた商人といった体で、邪険にしかねるような愛嬌のある面である。言い様は奇異に思わぬでもなかったが、このような行商人に、おそらく商い相手であろう老人の名をひとつ告げたところでまぁ害もないだろうと、
「あれは、大場左兵衛というご隠居だ。町外れに住んでおられる」
「外れ、といいますと」
「この道を行って、川向こうだ」
 そう言い教えた。
「ありがとうございやす。どうも、お引止めして申しわけねぇことで」
 男は深々と頭を下げ、聡五郎が返さぬうちにするりとその脇を抜けた。そして道の角で止まって半身を返し、また礼をすると、そのまま左兵衛の家のほうへと行くのではなく、足に躊躇いも見せずすうと道具屋の中へ入っていった。
 その背を見送り、妙な奴だと首を傾げた聡五郎だったが、その日は他に何もなく帰路へと着いた。翌日から所用で町を発ち、その時には、もうこの小さな妙事も半ば忘れてしまっていた。

         ○

 半月ほどが経った雨の日の翌日、町へと帰る霧がかった道で、聡五郎は再びあの商人とばったり行き会った。
「や……旦那。この間はどうも、お世話になりやした」
 頭を下げられ一瞬戸惑ったが、前に戻った顔の狐目を見て思い至り、
「ああ、あのときの商人か」
 そう返した。狐目の商人はにと笑い、
「へェ、その節は。お出掛けだったようで」
 聡五郎の道中姿をちらりと見て、言う。
「うむ。お前は、出るところか」
「えェ」
「商いはあったか?」
 何気なしに問うと、
「えェ……」
 なにやら歯切れの悪い声が落ちる。
「なんだ、何かあったか」
 成果がなかったならそうはっきりと言うだろう。疑問に思って尋ねると、男は聡五郎の顔を正面から見上げ、
「へ、旦那ァ。……旦那は、剣の道を求めていなさるねェ」
「そうさな」
「じゃァ、人の道にも、通じていなさる?」
 ひそりと、またしても妙な言葉を口にした。
「なんでそんなことを訊く?」
「え、お尋ねしてェんで……旦那、人は、みんな綺麗で不思議なもんに惹かれるねェ」
「ふむ……そうだな」
「ずっとそうでしょうかねェ?」
「そうであろうな」
 頷き答えると、男は感慨深げに息を落とし、すれ違いになる形で聡五郎の横まで歩を進めた。ふっと、その狐面の唇が動いた。

 じゃァやっぱり、俺はゆっくり出来ねぇなァ。

 転瞬、ざわり響いた風音に聡五郎ははっとして振り向き、
「待て」
 伸ばした手が、ただ空を掴んだ。
 霧の立ち込めた道に、つづらを負った狐面の商人の姿はもうなかった。



 余話でした。
 上にも記した通り、もとは『鬼平犯科帳』や『剣客商売』の池波正太郎のコピー文です。『くくり絵』の設定を流用して裏話風にしてみました。
 ついでに下がその時に書いた修正前コピー。池波正太郎をご存知の方に納得頂けるかはなんとも……;

-----------↓以下、くくり余話・池波正太郎コピーバージョン↓-----------


「もし、旦那。ちょいとお尋ねしてもようござんすか」
 不意に背にかかった声に聡五郎は歩みを止めた。振り向くと、三歩ほどの間を置いて若い男が一人、真っ直ぐに立ってこちらを見ていた。
 細い体躯に薄染めの単衣袴をつけ、背には四角に編まれたつづらを負っている。目の吊り上がった愛想のいい狐面は確かに初めて見る顔で、いささか軽装には過ぎるが、旅流れの商人と見てまず誤りはないだろう。
「何用だ?」
 短い返事の声音にこそ表れなかったが、内心に意外を覚えていた。とても上等とは言えぬ着物姿は名の有る位の者とはまず映らぬにしろ、それでも腰に手挟む両刀が消えて見えなくなるということはない。町外れの道上、一介の行商人が武士を呼び止めものを尋ねるなど、余程の度胸者か、余程の命知らずかの行である。
 へェ、失礼いたしやす。狐面の男はひょこりと腰を折り、
「旦那、あの道具屋を眺めておいででしたようですが」
 身を低めたままそう言って、道ひとつ向こうに立つ小さな店を指差した。
 聡五郎は頷き、
「まあ、前に立っていれば自然に目に入る」
「さようで……」
「それがどうか、したか」
「へェ、今、ご隠居が中から出ていらっしゃいましたなァ……」
「そのようだな」
「ご存知の方で?」
 と、いわれ、今しがた前を歩いていった男の姿を、聡五郎は思い起こした。
 大場左兵衛という老爺である。呉服〔大場屋〕と言えばこの辺りでは知らぬ者がない大店で、その敏腕の主として名を馳せていた左兵衛だが、今はそれを養子に譲って、金には困らぬ悠々の隠居暮らしをしており、町の者に言わせれば、
「大層良いご身分」
 である。
 町の剣術道場に身を置く聡五郎も、まだ左兵衛が店にいる折、幾度か言葉を交わした事がある。物腰の柔らかい穏和な老人だったが、やはりあれほどの店を取り回す商い人か、
(世の事を知り尽くしているような……)
 抜け目ない印象も受けたものだ。
 狐面の男が言った通り、その左兵衛が前方の道具屋から出るのを見、聡五郎はすぐかの老爺と気付いた。
 上等の身なりをした左兵衛が、それに似合わぬ古びて汚れた巻紙のような物を抱えているのを、鋭い聡五郎の目は捉え、
(掛け軸か、何か……)
 と、見た。
 隠居してのち、暇を持て余して骨董に風雅を見出す者は多いと聞く。町の者にそのような自慢話を聞くこともないではないが、いかなる楽しみがあるのか、そのような趣向を持たぬ聡五郎には、良くわからぬ。
 ともかく……。
 男の尋ねた隠居というのは、その大場左兵衛に間違いはない。
「知っている」
 そう狐目の男に答えると、
「お名前を、お教え頂けませんかねェ」
 と、言うのである。
「聞いて、どうする」
「いえねェ、商いをしようと思いまして」
「巡り商いに名がいるのか?」
「へェ、ちょいと、思うところがありますんでさァ」
「商人の業か」
 茶化すようにいうと、
「え、まァ、そんなところでございやす」
 にと笑って目尻が上がり、ますます狐じみた顔になる。見目は若いが、いっぱしの世慣れた商人といった体で、なんとも愛嬌のある面なのである。
(まあ、このような行商に老人の名をいったところで、なんの害もない……)
 と、思い、
「あれは、大場左兵衛というご隠居だ。町外れに住んでおられる」
「外れ、というと……」
「この道を行って、川向こうだ」
 教えてやると、
「ありがとうございやす。どうも、お引き止めして申しわけねぇことで」
 男は深々と頭を下げ、聡五郎が返さぬうちにするりとその脇を抜け、道の角で止まって半身を返し、また礼をすると、そのまま左兵衛の家の方へと行くのではなく、足に躊躇いも見せずすうと道具屋の中へ入っていった。
「ふむ、妙な……」
 首を傾げた聡五郎だったが、その日は他に何もなく帰路へと着いた。翌日から所用あって町を発ち、そのときには小さな妙事も半ば忘れてしまっていたようである。

         ○

 半月ほどのち……。
 雨の日の翌日、聡五郎は、町へと帰る霧がかった道で再びあの商人とばったり行き会った。
「や……旦那。この間はどうも、お世話になりやした」
 頭を下げられ一瞬戸惑ったが、前に戻った顔の狐目を見て思い至り、
「ああ、あのときの商人か」
 そう返した。狐面の商人はにと笑い、
「へェ、その節は。お出掛けだったようで」
「うむ。お前は、出るところか」
「えェ」
「商いはあったか?」
 問うと、
「えェ……」
 なにやら、歯切れが悪い。
 が、成果がなかったというわけでも、なさそうである。
「なんだ、何かあったか」
「へ、旦那ァ。……旦那は、剣の道を求めていなさるねェ」
「そうさ、な」
「じゃァ、人の道にも、通じていなさる?」
 などとまたしても、
(妙なこと……)
 を、そう尋ねるのである。
「なんでそんなことを訊く?」
「え、お尋ねしてぇんで……旦那、人は、みんな綺麗で不思議なもんに惹かれるねェ」
「ふむ……そうだな」
「ずっとそうでしょうかねェ?」
「そうであろうな」
 男は感慨深げに息を落とし、すれ違いになる形で聡五郎の横まで歩を進めた。ふっと、その狐面の唇が動いた。

 じゃァやっぱり、俺はゆっくり出来ねぇなァ。

 転瞬、ざわり響いた風音に聡五郎ははっとして振り向き、
「待て」
 伸ばした手が、ただ空を掴んだ。
 霧の立ち込めた道に、つづらを背負った狐面の商人の姿はもうなかった。



 ほとんど間違い探しですね……
 もともと管理人が池波正太郎の文章に影響を受けているのと、コピーに都合のいいような文の流れにしたのとであまり変わりが感じられないかもしれません。台詞はそのままですし。
 コピーがわかりやすくなるよう自分の元の文体と混ぜて書いたので、初めと終わりの何行かは修正後と同じ(=本来の管理人の文体)になっています。

<06/08/25>

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