※読む前に※

 この小説は「結びつかない33*3のお題」から
  ●蝋燭
  ●もやし
  ●ミジンコ
 の3つのお題を元に書いたものです。
冬花火


 彼女のバースディを翌日に控えた寒い夜、キャンドルを買ってこいと言ったらその男は紫の箱に詰め込まれた白く太長い蝋燭を手に俺の家にやってきた。
「ジーザス、なんて生活感のない家だ」
 カギの開いたままのドアをチャイムも鳴らさずノックもせず勢い良く開け放して開口一番、吹き込む風に歪んだ俺の顔にも気づかない様子でのたまうその男、塚本拓馬のあきれた勘違いに、がさがさとやかましい音を立てるコンビニ袋を見た時点で俺は既に気が付いていた。
「俺は『キャンドル』を買ってこいって言ったよな」
 ああ寒い寒いと炬燵の真向かいに潜り込んでくる拓馬に声を投げてやると、
「聞いたよ。だからこの寒空の下わざわざほら」
 そう言って布団から取り出し掲げてみせた袋には、いっそ感心したくなるほど案の定といった具合の物体しか入っていなかった。
「何それ」
「え、蝋燭じゃん」
「俺が言ったのは『キャンドル』なんだけど」
「だろ? 蝋燭。キャンドゥー」
 正しい発音をしてみせたところでぱんと叩く袋の中身が手品のように変わるわけもなく、漏れた溜め息の音だけがむなしく場に響いた。
「今日ここに至って『キャンドル』を注文された男がなんで仏壇の蝋燭を買ってくるのか、俺はそこが知りたい」
「へ?」
 首を傾げる拓馬の間抜けヅラに正拳を食らわせてやりたい衝動をなんとかこらえる。辛抱強さが肝心なのだ。この勘違い男と十数年友人をやって骨身に染みた、周りから「溜め息製造機」と言われようがそれが俺の日々のモットーだ。
「お前、明日は何の日か知ってるか」
「由香の誕生日だろ」
「お前はバースディケーキにその蝋燭を二十本立てる気か」
「ケーキ?」
 言葉を繰り返して黙考数秒、はっと目を見開くその顔に全くの話、溜め息を返さないで済ませることの方が難しい。
 他人のシケ面などお構いなしの拓馬はありゃあ、と気の抜けた声を落として自分の買ってきた無用の物体をまじまじと見詰め、
「そうかこれじゃ『安藤由香の誕生日を祝いつつ門出を見送る会』略して『誕生送別会』が『安藤由香の誕生日を祝うと見せかけて門出の前に葬る会』略して『誕生葬別会』になっちまうのか。……あ、でもほら、音的には変わらないな?」
「そうだな俺はそろそろ本気で殴ってやるのが真の友情かもしれないと思い始めてきたよ」
「ごめんね修吾くん目が怖いからマジで」
 矢継ぎ早の会話、謝りながらでもさ、と言いつのる。
「修吾がさー、アロマじゃないってしか言わねぇから」
 どんな責任転嫁だこのばかちんが。
 お前の世界にはキャンドルと言ったらアロマキャンドルか仏壇の蝋燭かしかないのかこのばかちんが。
 それ以上言おうとしたらああわかったー。じゃあ今から出るわガチャ、だっただろあの時このばかちんが。
 三種類ほど返す言葉を思いついたが結局その後に続くフレーズは一つしかないわけであって、時間と溜め息の浪費を防ぐためにも俺は結局その一つだけを声にした。
「いいからとりあえず買い直してこい」
 拓馬は目を大きく開いてひと言、
「誰が?」
 あっさりとそうのたまった。
「目の前のマヌケ面の男の他に誰がいる」
「それ俺?」
「手作りのケーキに立てる蝋燭に仏壇の蝋燭を買った男」
「俺じゃん」
「お前だよ」
「外寒いよ」
「知ってるよ」
 知ってるから言ってるんだろ。口に乗せかけた言葉を何とか飲み込む。波を起こせばいつまでも続く会話は、タイムリミットを抱えていれば邪魔以外の何者でもない。
 むうと唸りつつ眉間に似合わない皺を寄せ、ぽんと手を叩いてから繰り出してきたのは予想通りの手段。
「じゃーんけーん」
「チョキ」
 手を炬燵布団にしまったままタイミングを合わせて声を落とす。しばしの沈黙を破り、音だけは真剣な言葉ひとつ。
「……三回勝負だろ?」
 俺は答えに代えてマヌケ面の前に大きくパーを広げた男を炬燵から蹴り出した。

         ◇

「買ってきました」
「ご苦労」
「酒とラーメンも買ってきました」
「おー気が利くな」
「割り勘で」
 一円単位で。細けぇなわかってるよ。重ねて主張する拓馬に型通り突っ込んで差し出されたレシートを受け取る。ちゃっかり中に紛れ込んだ仏壇蝋燭のレシートは突っ返す。ひでぇ。拓馬が顔をしかめる。
 周囲をして型とも台本とも言わしめる俺たちの一連のやり取りは、特別な日を控えても何も特別なことはなくいつも通りの予定調和を乗せて流れていく。知り合って(と言ってもろくに会話もできないほどガキの頃だからその瞬間のことなんぞ覚えちゃいない)十年以上経ってもまるで変化のない関係。久々に顔を合わせる幼馴染みの記念日を祝うために集まったこっちの幼馴染みの顔は、久々の感動どころか食傷すら覚えるいつものマヌケ面。もう笑いも起こらないそんな話だ。
「台所借りるぞ」
 よほど寒さが身に沁みているのか、コートを着込んだ格好のまま拓馬が短く言う。
「いいけど……台所って」
 ポットの中身がまだ残ってる、と続けるつもりで顔を上げると、拓馬がコンビニ袋から手に取り出したのはカップラーメンではなく鍋で作るタイプのインスタントラーメンだった。
「なんでまた」
 落とした言葉に拓馬は口の端を上げ、
「最近不摂生だから」
 野菜を取ろうと思って、と返す。
「丼ひとつしかないけど」
「鍋で食べるからいいよ」
 貧乏学生ならではの言葉にそうかと相槌を打ちかけて、俺はそれ以前の根本的な問題に気がついた。
「そういや野菜も何も、冷蔵庫カラだぞ」
「マジでか」
「マジです」
 そんな修吾くん先に言っておいてくれなきゃそういう大事なことは。知らねえよなんで俺がお前にうちの台所事情を逐一報告しなきゃならないんだよ。軽口を叩きつつ拓馬は部屋の押入れに向かって歩いていく。家捜しをしようというわけではなく、
「……じゃ、トッピングはもやしオンリーで」
 である。押入れに向かう目当てがもやし、という状況が我が身に訪れるとはまさか思ってもいなかったが、真実もやしがそこにあるのだから仕方がない。「押入れでもやしを育てる」というマヌケ面の幼馴染みの唐突な提案を退けるだけの気力が、その時の俺にはなかっただけのことだ。容器も豆も俺が全額出資したひょろひょろの野菜は、今やプラスチックのトレーの上に見事な大繁殖を遂げている。
 人の家の台所事情より押入れ事情の方に明るい男はもやしを手際よく園芸ハサミで刈り取っていきながら、背中を丸めて頭を押入れの下段に突っ込んだ実に滑稽な後ろ姿をこちらに向けたまま言った。
「良かったなこれだけでもあって。もやし様様だな。育てて良かったろ? 金も浮くしさ」
「まぁ元々そんな高いもんでもないけどな……。量があっても炒めると物凄い勢いで嵩が減って詐欺くさいし」
「バカお前、もやしの言い分も聞いてやれよ。もやしだって好きでこんなに細く生まれたんじゃねぇんだよ。よしよし、大きくなれよ。全部俺が食ってやるからな」
「金出してるのは俺なのになんでお前が全部食うんだ」
「なんだとてめぇ、もやしをけなす奴にもやしを食う資格はねぇ」
「お前もやしに親戚でもいるのかよ」
 馬鹿な掛け合いをしながら俺は拓馬が立ち上がる時に上段に頭をぶつけるお約束の展開を想像してみたりしたが、押入れに潜り慣れている男はそんな期待も知らず悠々と手にてんこもりのもやしを抱え台所へ向かった。お前それはいくらなんでもてんこもりの限界越えてるだろ、という突っ込みはしたところで無駄なのでやめておいた。
「これどうするんだよ。うちに置いてくつもりじゃないだろうな」
 天気予報が「大寒波到来」と伝えた夜、炬燵から出る気は微塵も起こらないが、ただ待っているのも暇なので台所に声を投げる。家とも言えない狭い部屋に音量不足という言葉はない。
 どれ? 蝋燭。問いに返して件の物体を手に取り上げる。紫の地に金の草書で名前が書かれた長方形の箱。少なくとも貧乏学生の独り住まいに当たり前に転がっているものじゃない。
「それ、懐かしいよな」
「はい?」
 まるで繋がらない返答に頓狂な声が口から漏れた。拓馬が構わず言葉を続ける。
「花火やるのに一番なんだよなその蝋燭。倒れにくいし長くもつし火もでかいし」
「花火?」
「そう」
 短く答え、ドンと鳴ったはーなびーがー、と調子外れに歌い出す。合間にたまやーなどと合いの手を入れてみせるが、多分その頭に浮かんでいる映像は俺と同じ、歌のような大層な打ち上げ花火ではなく、一袋ン百円で売っている手持ちの安っぽい噴き出し花火の絵だ。
「懐かしいよな」
 鍋がぐつぐつ煮立つ音をバックに拓馬が言葉を繰り返す。そうだなと返す代わりに俺の頭は十数年前の記憶を巡らせる。毎年夏になると近所で集まって花火をした。危ないといって花火を持たせてもらえなかった時期の記憶もあるほどだから、相当ガキの頃からやっていたんだろう。ひとつの夏の間に、飽きもせず何度も何度も親にせがんで集まっていた。三人ともがあれほど好きだった夜の行事がいつからなくなったのか、多分三人ともが、覚えていない。
 三人。それは昔、何故かとても大事な言葉だった。

「俺さー、実は前の夏に大学でやって始末を命じられた花火の残りが家にあるんだよね」
 言いながら丼と鍋を手に拓馬が戻ってくる。足で器用に台所へ続くふすまを閉めて丼が炬燵に置かれると、顔の前に分厚い湯気の柱が立った。
「明日やる?」
「この真冬にか?」
 誕生日を祝ったあとに震えながら花火って流れはどうなんだよ。いやなかなかオツな流れじゃないですか。後に続く下らない会話はほぼ全体がもやしで構成されたラーメンをすする音に飲み込まれて終わり、
「そういえば酒は?」
 代わりに言うと、
「ああこれハイ」
 転がっていたビニール袋の中から缶を手渡された。
「ラーメンにチューハイか」
「一番安かった」
「妥当な判断だな」
 プルトップを引き開けて一口含む。喉に流れ込む甘い炭酸の刺激は全くもってラーメンには合わないが、さえない貧乏学生の酒なんてのはこの程度で充分だ。
「にしても、あいつが一番とは思わなかったよなぁ」
 薄くなった湯気の向こうで感慨深げに息を落とし、拓馬が呟いた。
「ああ」
「なんかまだ信じられないよなー。俺なんて将来のこととかまだほとんど考えてもないのにさ。……辞めるんだっけ? 大学」
「らしいな」
 酒をちびちびと飲みながら短く返していく。缶を置いて視線を正面に戻すと、拓馬が何か言いたげな顔をしてこっちを見ていた。
「なんだよ」
 訊くと、
「……ミジンコは環境が悪くなるとオスが出てきて丈夫な卵が生まれるようになるそうですよ」
 数秒の間を置いて返ってきたのは、危うく箸を取り落としかけるほど脈絡のない答えだった。
「はい?」
 頓狂な声・パート2だ。
「ミジンコって普段はメスしかいない単性生殖型の生物なんだよ。けど住んでる場所の環境の悪化を感じるとオスが生まれ始めて、殻のある強い卵が生まれるようになる。……と、この前テレビで言っていました」
「へえ」
「凄いよな。あんなちっこい生き物がそんなにハイレベルな適応能力持ってるなんて、俺全然知らなかったよ」
 そりゃ凄いけど、だからどうしたんだよ。普段なら当たり前に口にのぼるそんな切り返しの言葉が、拓馬の淡々とした口調につられるようにしぼんで消えた。
 ふう、と俺の専売特許であるところの溜め息をこれ見よがしについてみせて、拓馬は言う。
「お前のさー、辛抱強いところは俺が認めるわ」
「そりゃどうも」
「けどさ修吾くん。ミジンコに出来て人間に出来ないなんてことは、ないんじゃないかと思わねぇ?」
「……あー、待て」
 頓狂な声を発する前に、ごくたまにやたらと真面目になる幼馴染みの言葉を脳内で咀嚼してみる。ミジンコ。丈夫な卵。しょうもない比喩はともかく、とどのつまり言いたいことはひとつ、「環境に適応しようぜ」。
 環境か。幼馴染みの誕生日と門出を子供の頃のように実家の近所で集まって祝福しよう、そんな日を控えた今を環境と言うのなら。
「お前、それ俺を慰めようって意味の言葉か?」
 大きく回りこんで考えれば、そうなる。
「慰めようっつーか、なんか心配になって」
「なんでだよ」
「だってなんかさ」
 呟くように言って炬燵の上の丼と鍋と二つの缶に視線を一渡りさせる。
「なんかやっぱ、寂しいっての、あるだろ? お前はほら……俺が知ってるってことはわかってるだろうけど、結局ここまで来ても言わねぇしさ。さすがに今日になったら色々ぶっちゃけるだろうぶっちゃけてもいいだろう、なんて気で来たのにさ」
 ほら、なんか、あるじゃん? 多分自分でも言葉がまとまっていないのだろう、拓馬は大袈裟な手振りで意味のない単語をつなぐ。
 言わんとするところはわかる。これまでについた溜め息の数は知れないが、十数年の付き合いは伊達じゃない。
「適応しないなんて誰が言ったんだよ」
 そんなにしょぼくれて見えてたのかと自分への溜め息はとりあえず心の中でついて、今は言葉を続ける。
「辛抱強いのと意固地になるのとは違うだろ。変わるのは、当たり前なんだから。俺は俺で色々考えてるよこれでも」
「寂しくない?」
 拓馬が問う。
 物心ついたときから高校までを同じ場所で過ごした幼馴染みが、結婚して地方に行くことを決めた。明日は多分、今の関係の三人で集まる最後の日になる。
「少しな」
 そんな日を控えて、寂しくないと言ったら嘘になる。
 生涯のうちには特に望まなくとも変わらない関係もあれば、望まなくとも変わってしまう関係もある。それは惜しむべきことでも悲しむべきことでもない。当たり前でありふれた日々の流れ。そうとわかってはいても、人間はその流れを惜しみ悲しみする。きっとそれでいいのだろうと思う。予定調和を抱いたまま滑り続ける会話のようなもんだ。ハナから結末を見据えた道の上を進んでも、そこで交わされる言葉は空虚なものじゃない。
 ミジンコだって自分の周りの環境を知って適応して生きていくんだ。人間が出来ないわけがない。だから適応までをそれぞれがそれぞれに噛み締める瞬間があったっていい。
「ミジンコで思い出したんだけど、話のネタに俺の中学の時の写真を持ってきた」
「お前話の腰を折る天才だな」
 まあいいから、とバッグから取り出した数枚の写真を押し付けられる。十数年の付き合いの中、中学三年の一年間、拓馬が親の仕事の都合で転校し、俺たちが一度だけ離れて過ごした時の物だ。
 数人が並んで映った写真の中央、すぐに見慣れたマヌケ面を見つけた。が。
「……お前、こんなに痩せてたっけ?」
「環境にこなれなくて一か月で十キロ痩せ細ったんだざまぁ見ろ」
 いい手本だな。そうだろう。
 笑いと一緒にいつもの溜め息がひとつ、開いた口からこぼれ落ちた。

「早いよなぁ。もう二十歳だよ俺たち」
 互いに二本目になった安っぽい果実酒の缶を傾けながら、だらだらと話は続く。今のところ何の変化もない俺たち二人の関係には、結局この状況が一番似合っている。
「二十歳って言ったら成人だろ。オトナだろ」
「年齢的にはな」
 そうだよなぁ結婚とかするんだもんなぁ? もっとしっかりしなきゃいけないよな。矢継ぎ早に言って自分で頷き、また続ける。
「それがこうやって酒呑んで茹でたもやしとか食って」
「ラーメンって言えよ」
「わけわかんないミジンコの話とかして」
「お前がし始めたんだろ」
「絶対見せたくない写真見せたりして」
「初めからネタだっただろ」
「明日さ」
「ん?」
「話しような。こうやって、三人だけでさ」
「そうだな」
 三人。それは昔、何故かとても大事な言葉だった。今もきっと、これからもきっと、大事な言葉だ。その言葉が想起させる関係が、多少変わってしまったとしても。
「あいつ、幸せになるといいな」
「ああ」
「結婚式、行こうな」
「ああ」
「お前、あいつのこと好きだったろ」
「……ああ」
 やっと白状しやがったか。小憎らしい顔で笑う男に炬燵の中で二度目の蹴りをくれてやる。
 明日は花火をしよう。仏壇の蝋燭をアスファルトに立てて、「誕生送別会」の主役と、辛抱強さだけが取り得の男と、中学時代のあだ名のひとつが「もやし」であったに違いない男と、三人で震えながら花火をしよう。
 後ろ向きの表情は噴き出す火の中で出し切ってしまえばいい。それがたとえどんなものになっても、蝋燭が燃え尽きたらきっと三人声を上げて笑い合える。



後書きを表示する
 サークルの創作コース企画「三題小説」で久々にお題小説を執筆。
 3つともアクが無い単語で非常にやりづらく、話自体は結局なんということもないものになりました(トピックを多く設定し過ぎて逆に筋が見当たらなくなったいい例……)
 しかし自分の作品を見返すにつけ、私はこういうタイプの二人の掛け合いを書くのが好き過ぎだとつくづく思います。この作品の掛け合いは一番バカっぽい。

<06/02/19>
BACK/TOP