●Novegle対応ページ ◎作者:プロト◎カテゴリ:ホラー・オカルト◎あらすじ:ここに一通の手紙がある。出されるのを待っているものなのか、今しがた届いたものなのか、それは誰も知らない。ショートショート。
フロム


 ここに一通の手紙がある。
 小奇麗な机の上に投げ出すように置かれている。
 封筒にはきちんと宛先が書かれている。
 この手紙が出されるのを待っているものなのか、今しがた届いたものなのか、それは誰も知らない。

           ◇

 香煙の立ち込める会堂に朗々とした経の声が響く。
 厳かな音律に時折くぐもった嗚咽が混じり、押さえ込まれるようにして消える。
 大輪の花に囲まれた一枚の写真。早過ぎる死を悼み人々が悲しみにうつむくその前で、ただ額の中の女性だけが静かに笑みをたたえている。
 やがて式が終わり、人々が散り散りになっていく中で、数人の男女が奥の一室に集まった。皆若い。内の一人が白いプラスチックの箱を両手に抱え持っている。
 彼らは故人の古い友人達であり、箱には彼らの思い出の品が詰まっているのだ。
『二十年後にみんなで開けよう』
 中学三年生の、全員が違う高校へ進むことが決まった春、そう誓って作った古風なタイムカプセルだった。
 公園の片隅にタイムカプセルを埋めて十年。突然入った訃報。再会がこんな形で訪れるとは一体誰が予想していただろう。
 故人の死に様は凄惨なものだったという。きっかけはなんということはない、ほんの小さな地震だった。その揺れで棚から落ちたガラスが、運悪く首をかき切ったのである。家族が見つけたときには机に突っ伏した状態で既に事切れていたらしい。
 血に染まった絨毯、青白い故人の顔……信じられぬ思いで彼らはその話を聞いた。
 誰ともなく言い出した。あの箱を、タイムカプセルを開けて、中の物を彼女の棺に入れてあげよう――
 反対する声は一つもなかった。

 開けようか。
 長机の上に箱を置き、今までそれを抱えていた男性が他の友人達の顔を見回した。
 皆、黙ってうなずいた。
 かたり、と小さな音を立てて蓋が取り外される。男性は中の品物を次々と取り出していった。
 中学の教科書、卒業文集、全員の生徒手帳。そして数本のビデオテープと、分厚い写真の束。
 それらを手に取り眺めるにつれ、沈んでいた彼らの表情もやや和み、笑みさえ漏れ出した。
 だが箱が空になったとき、彼らは一様に違和感を覚えた。
 あるべきものが、ない、と。
 『それ』はこのタイムカプセルの主役とも言うものであり、もちろん氷が溶けるように消え失せてしまうものではない。
 おかしいぞ――誰かが呟いた言葉に、扉の開く音が重なった。
 一斉に皆の視線が集まった扉の前には、故人の母親が立っていた。母親は少し驚いた顔をしながら、おずおずと口を開いた。
 あなたたちに見てもらいたいと思って。そう言って差し出された母親の手には、白い封筒が握られていた。あっ、と誰かが小さく声を上げた。
 一番近くにいた女性が封筒を受け取り、すぐに封を開けた。縦罫の便箋が入っている。出だしには心持ち丸めの文字で、「二十年後の私へ」と書かれていた。
 箱を開ける日の未来の自分へ送った手紙。まさしく消えていた『それ』であった。
 手紙を持つ女性が静かに中を読み上げ始めた。文面には、語りかける口調で、教師になっていて欲しいという故人の夢が語られている。
 夢は叶っているはずだった。彼女は持ち前の努力で教員免許を取得し、この春から教師として働くことが決まっていたのだ。友人達はやるせない想いに強く唇を噛み締めた。
 故人の手紙は見つかった。しかし、彼らの疑念は晴れず、むしろ強くなる一方だった。消えていた手紙は故人のものだけではない。全てがなくなっていたのだ。
 なぜ入れた手紙が消えてしまったのか?
 なぜ故人の手紙だけが見つかったのか?
 謎の解けぬまま沈黙する彼らに、故人の母親が再び話し出した。
 その手紙は、故人が手に握り締めていたのだと。
 それでは彼女は今までずっと手紙を持っていたということだろうか。そして死を迎える直前にそれを読んでいた……。
 在り得ない。今の今まで封筒はきちんと糊付けされていた。それに全ての手紙を箱に入れたところを確かに見ているのだから。
 皆がそう思いつつも、口には出さなかった。

 箱を抱えていた男性が手紙を女性の手から取り、全員の目に触れるように机の上で改め始めた。
 この「二十年後の私へ」という手紙は全員が同じ体裁で書いており、使っている封筒も便箋も白いごく普通の市販のものだ。
 便箋を再び開く。文面は先ほど女性が読み上げた通り。これといって不審な点はない。
 男性は便箋を置き、封筒を取り上げた。今開いたばかりの糊の跡がある。一度はがして貼り直したような形跡は見られず、確かに今初めて開けたということがわかる。
 封筒には宛先と送り主の名が書かれているはずだった。つまり表に故人の名前が。裏に同じく名前と、そして手紙を書いたときの住所が。これも書き方を全て揃えた。その通り、裏の左隅に故人の名前と馴染み深い土地の住所が書かれている。
 だが封筒を表に返した瞬間、テーブルを囲む友人達は一斉にはっと息を飲んだ。
 長い年月に変色した封筒の中心には、前に「二十年後の」と冠した故人の名前が書かれている。裏の住所とも中の便箋の文とも確かに同じ筆跡である。
 だが、彼らの目はその文字を見てはいなかった。
 彼らの目はその横にある朱色の文字に釘付けになっている。手紙が男性の手の中で細かく震える。
 宛名横に有るはずのない朱色の判が押されていた。
 押されたばかりとでもいうような、鮮やかな色の四角形の判。中の短い事務的な文章は、こう読めた。









宛先が存在しないため返却されました









 ここに一通の手紙がある。
 小奇麗な机の上に投げ出すように置かれている。
 封筒にはきちんと宛先が書かれている。
 宛名横に四角い朱色の判が押されている。
 町のどこかで葬式が行われている。
 この手紙が出されるのを待っているものなのか、今しがた届いたものなのか、
 それとも戻ってきてしまったものなのか――


 それはまだ、誰も知らない。



<03/04/25>
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